最近、産経新聞と曽野綾子のコラボがやたらとタイムラインに流れてくる。

このこと らしい。

産経新聞に掲載された作家、曽野綾子氏のコラムをめぐり、南アフリカのモハウ・ペコ駐日大使は14日までに、産経新聞社宛てに抗議文を送付した。
 ペコ大使が問題視しているのは、2月11日付で掲載されたコラム「曽野綾子の透明な歳月の光」。「労働力不足と移民」と題した中で、介護の労働移民について条件付きでの受け入れを提示したほか、南アフリカで人種差別が廃止されても生活習慣の違いから分かれて住むようになった例を挙げ、住まいは別にした方がいいとの考えを述べた。
これを曽野綾子氏は「アパルトヘイトを支持するものではない」と言っている。
それはそうだろう、彼女にそんな認識も見識もないもの。

あくまで個人の見解に基づいた「コラム」なのだから。
問題なのは、こう突っぱねる編集権なんて言葉も知らなそうな産経新聞だ。
小林毅産経新聞執行役員東京編集局長 「当該記事は曽野綾子氏の常設コラムで、曽野氏ご本人の意見として掲載しました。コラムについてさまざまなご意見があるのは当然のことと考えております。産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」 
曽野綾子がその定まらない見識や意見を書いても、産経新聞は責任を取る気はないということだ。
 様々な意見があるのは当然だというのは、一見すると「言論の自由」に準じているようだが、これは「無視する」という意味でもある。
どんな意見があろうと、知ったこっちゃないのだ、この新聞は。
自分たちの意見だけ聞いていればいいのだ。
まあサンケイだし。

曽野綾子さんがどんな考えで書いたかは、荻上チキさんのインタビューがあり、それを聞き起こした労作があるので、そちらを読んで欲しい。
荻上チキによる曽野綾子氏へのインタビュー書き起こし@さかなの目

もう、がっかりしますから。
その何も考えてないことに。
これが、いまの曽野綾子ならば、そうそうたる作品を書いた曽野綾子とは誰ナノカ(wikipedia
老いたのか、それとも元々非常に狭い範囲しか考えないのか。


しかも、これが初めてではない。
曽野綾子さんの言説が、これまで醸した議論はあまたあって、書ききれない。

曽野綾子氏の話題になった発言まとめ

「教育再生会議メンバー辞めろ」 橋下市長が曽野綾子氏に怒りのツイート

最初は、賢い人が世論を喚起したり、何らかの意図があって書いているのかと思っていたが、一連の文章を読むとけしてそうではない。

 その先にある何かに思いが至っていない文章が多いのだ。
自分の感覚、皮膚感覚というやつか、狭い付き合いの範囲での言説(しかもその狭さが日本のある一定層異常なのが困る)を信じて、てんとして恥じない。ひとからどう思われてもいいのだ。

 さすが第三の新人である。

三浦朱門の妻として、ある世界でお付き合いのある人達から「さすがねえ」とか言われていればいいのだ。
きっと、何も成長していない「温室」の中で育っているのだろう。

【寄稿】「温室の中の保守論壇」とヘイトスピーチ - 古谷経衡
所謂戦後保守論壇に登場する多くの論客は、曽野氏がそうであるように、お歳を召した方が多い。それは、保守論壇が、グループ内の大きな資本によって競争にさらされることのないよう、庇護されてきたおかげで、人的な流動性を欠き、まるで終身雇用・年功序列の階層社会を形成したためで、比較的若い頃にこの階層社会に入った人々が、現在に至ってそのまま高齢化したことが直接の原因である。 

この論説には、全面的に賛成ではないが、曽野綾子さんが保守論壇という「温室」にいて大事にされていることは同意する。

だから、何を言っても無駄なのだ。
その人に「成熟」を説かれると、かえって読みたくなるから不思議だ。
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それにしても、何冊本が出ているのやら。
書きまくっているなあ。

文才はあるのだろう。
しかし、その文章は、多数の誰かに当てて書かれたものではなく、多くは、目の前にいる誰か(読者でもない誰か)に書かれているように思える。
彼女の話がわかる「誰か」でさえあればいいのだ。

彼女にとっては、「どうとってもらっても構わない」(荻上チキさんとのインタビューより)ような文章なのだから。
 
そんな人の文章に目くじら立てるよりも、無視すること。
本を買わず、掲載誌も買わず、産経新聞など読まない。

教育再生会議などで発言しても、取り上げもしない、というのは困るのだけど(彼女を委員にした誰かが得するのだろうから)、とにかく、暴言おばさんは面白がっちゃダメだということしかない。

悲しくなるけどね。